Madam toad's blog

オカシイのは私ではなく、この世界。

好きのレベル。

「好きのレベルが低い」

思わず口にしてしまった。けど以前から感じていた。

 

道半ばで辞めてく人、結果が出ない人、何だけどダラダラ続けてる人などの共通点。

 

研究なんてしなくても生きてけるし、もっと安定な職はいくらでもあるから。

音楽や絵とかクリエイター系もそうでしょうが。

 

ものになるかならないか、この差は、結局は「好きレベルの差」ではないだろうか?

 

ていうか、これ本当に、肝でしょ。

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この個人練習とセッション時間の差、てのが面白い。

お友達がいないとできない活動って、それは友達と連むのが楽しいのであって、その活動自体はそれほど好きなわけではないんじゃないの?

て。

趣味としてならそれでいいと思う。

でも生業にはならないでしょう。なっても上の記事にあるように、教師で食いつなぐセミプロ止まり。実家が太ければいいが、...稼いでいく、て意味では厳しい。

 

結局、プロとしてやってけるかどうかは、「好きのレベル」にかかってるように感じる。

本当に好きなことは、やらないではいられないから。

親が反対しようが周りににバカにされようが。

孤独だろうが何だろうが、失恋しようが何だろうが、

やるから。

 

できない理由を言う人ってのは、大して好きじゃない。好きのレベルが元々低いんだと思う。

これ本人は大抵気づいてないけど。

 

才能云々じゃなく、要は好きのレベルが違うんですよ。

本当に好きなやつって、「自分は〇〇になれますか?」なんて聞く前にやり始めてる。ずっとやってる。集中力も違う。

 

下手に器用だったり真面目さんが環境に恵まれてしまうと、本当に好きかどうか考えずに、そこそこレベルに到達することはよくあると思う。

それで自分には才能があるんだ、と思うのだろう。

もちろん、それなりに才能はあるんだろうと思うけど。

 

あれ?て思う瞬間がくると思う。

 

上には上がいるので。

 

 

それと、どんなにうまくこなしてる人にも、挫折する時がくる。

これが、若いうちに来ればいいけど。。。

 

 

やらずにはいられない、てレベルでないなら、

音楽だけでなく、クリエイターや研究者とか、スペシャリストとして頭一つ抜けることは、難しというか、無理なんだと思う。

 

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